
こんにちは、特殊清掃専門店リライブル株式会社、代表取締役の鈴木です。
今週は消臭のお仕事が入っていたのですが、使用できるはずの電気が使えず、復旧に時間がかかるということで作業自体は来週に急遽延期となってしまいました。
まぁ、急いでどうしてもやらないといけない業務もなかったので、東京在住で大学時代の友人Mが「6/24に釧路出張に来る」ということで今回は仕事の延期がなければ、本来は不参加だったのですが親友Nのいる釧路市に行くことにしました。(ややこしくてすみません)
仕事が延期になったのもこれも何かの「縁」かもしれないと思った行動でしたが、結果として3年ぶりに友人に会うことが出来て昔の思い出話に花を咲かせました。
今回せっかく釧路まで行くのでそれだけではなく、大樹町の依田勉三の「晩成社跡地」と豊頃町の「二宮報徳館」に学びに行きました。
お付き合いください。
1日目~依田勉三と晩成社(大樹町)
依田勉三については以前少しだけ当ブログでもご紹介したことがあるのですがもう少し詳しく紹介したいと思います。

2020年1月20日のブログでも紹介しました
依田勉三は福沢諭吉の慶應義塾で学び(病気のため中途退学)、明治14年に開拓組織「晩成社」を率いて十勝に入植し民間開拓した一人です。
「晩成社」の名の由来は「大器晩成」の4字熟語から・・・北海道開拓はすぐには結果が出ないことを想定していたようですが、原野開墾は熾烈を極め、予定通りにことは全く運ばず事業は失敗続き・・・。

牛、馬、豚の飼育、養蚕、ハム製造、ばれいしょ、ビート、しいたけ、米の栽培、木炭、練乳、バター、コンデンスミルク、缶詰の製造、木工場を建設し枕木、樽材などの生産を行ったがいずれも成功しなかった(看板から抜粋)
誰もが諦めて帰ろう(帰る)とする中、依田勉三はなんとか踏ん張ります!
しかし、晩成社&依田勉三の努力虚しく、最終的に倒産・解散してしまいます。
ところが、その後の十勝には依田勉三が始めたバター事業などが芽を出し、今となっては「十勝開拓の父」と称されるようになりました。

北海道開拓の「ファーストペンギン」であったため討ち死に覚悟で様々な事業を行いました。
失敗続きでも諦めない!
依田勉三の始めた事業の多くが「時代から早すぎたため失敗した」と言われております。
あまりにも先進的すぎてまだ市場(需要)が育っていないところに新しい物を造ってしまった。
もともと生家は伊豆の豪農だったので、そのまま順調に暮らしていけば苦労せずにすんだものを私腹を肥やすのではなく、国のため、国民のために尽くした「利他の精神」の持ち主だったのではないかと推論します。
慶應義塾の前はキリスト牧師の「ワデル塾(英学塾)」で学んだことも多分に影響されていることと思います。

学び直しで現代語訳版を読みましたが今でも通用する思想が多い名著です。簡単で読みやすいのでお奨めです
様々な資料から依田勉三という人物を見ると「全く私腹を肥やす気持ちが無かったのか?」と言われると本人に確認してみないとわかりませんが、単純に商売だけの話をしたら莫大な投資(資本金は5万円、現在で150億円近く)をしてリターンが少なすぎます。
単純に事業が下手だったという評価もありますが、「北海道(十勝)を日本の食料生産地にする!」という「志」が無いと心はとっくに折れていたのではないでしょうか?
「俺がやらずに誰がやる」という精神だったと思います。

晩成社敷地内に平成元年に復元された依田勉三住宅
先人に感謝し、国を護る
今の政治家にこういった「利他の精神」を持つ人物は現れないのでしょうか?
いまの国会でも”揚げ足取り”しか出来ない野党議員を見ていると高給をもらっておいてやっていることは犬畜生以下です。(犬に失礼)
実際には栄達を望んで事業を失敗したのかもしれませんが、今と違ってスマホもネットもない時代です。
開拓時代は本当に何もない所から手探りでたくさんの失敗の積み重ねをして、僅かな成功を元手になんとかやりくりしていたようです。
我々は先人のこの失敗談や苦労話や智慧を活かさねばいけません。
本当に過酷な北海道を開拓してくださった先人達には畏敬と感謝しかありません。
依田勉三は73歳で没し、北海道神宮に37番目の祭神として祀られています。

晩成温泉
せっかくなのでその近くの「晩成温泉」にも入ってきました。

晩成社跡から車で10分くらいの距離
全国的にも珍しいヨード(殺菌力が高い)温泉で肌がツルツルになります。
イソジンを薄めたような温泉で匂いは若干ありますが特に問題ありませんでした。
お風呂やサウナも修繕をしたばかりなのか清潔感があり綺麗な施設です。
もしお近くに寄られた際はぜひ一度ご入浴ください。

世界的にも高濃度のヨードは貴重な泉質だそうです
忠類村 ナウマンゾウ記念館
話は前後しますが、忠類村のナウマン象も見てきました。

忠類村の道の駅と同敷地内というのでしょうか?

一頭分のまとまった化石が発見されたのは7例でその中で全身骨格が復元された標本は4例しかなく、北海道博物館に展示されているものはこの標本をもとに作製されています。
化石が発掘された1970年は三千人しかいない忠類村に1万人以上の研究者や協力者など大勢が押し寄せたそうです。

この「忠類ナウマン象標本」をもとに全国各地に23体作製されているそうです。国外ではクウェートにも展示されているそうですよ。
コンビニはおろか旅館や食堂もまともにない時代に村民がおにぎりを作ったりして接待したそうです。
昭和の古き良き時代ですね~。

「ナウマン象記念館」よりかなり離れた位置にある「ナウマン象発見跡地」です。
釧路市ももっと頑張れ~
「釧路市丹頂鶴自然公園」も見てきました。
道東方面では野生の丹頂鶴も増えてきて道路を走っていると”野良丹頂鶴”を見ることが出来ます。
これらも地元の方の地道な保護活動があってのことです。
今、地球上では象、熊、ライオン、トラなど大きい、強い生物から絶滅危惧種になっているそうです。
丹頂鶴も鳥の中では大きな部類です。
一時は全滅の危機に瀕しましたが、これも人間の乱獲が原因ですからね。
人間こそが地球にとっては「害獣」だなと思ってしまいます。
友人Mを釧路空港まで迎えにいき、駅前のホテルにチェックイン後、居酒屋で呑みました。

釧路空港名物(?)濃霧

はじめて行きましたがこじんまりとしているも綺麗で最低必要元のお店はあるので困らなそうです
釧路も昔のような「北海道は魚介類が最高!」とはいえない品質、価格になっていて少し残念に思います・・・。
北海道も調子にのって魚介類の乱獲を行い、育てることや漁獲量調整を怠った報いが来ているんだと思います。
海水温上昇などの悪影響もあるでしょうが、今まで自然の恵みに感謝せず、無駄に獲り過ぎだったのだと思いますよ。

「釧路産ししゃも」と書いていましたがそこそこの価格がして、出てきたこれは「ロシア産のカペリン」ですよね!国産のししゃもは全然獲れなくなりました!
世界中で「足るを知る」の精神を啓蒙する必要がありますね。
偉そうなことを書きましたが少しずつみんなが我慢すればいいだけの話で「大量生産・大量消費の時代」はとうに過ぎています。
翌日は豊頃町へ向かいます。
2日目~二宮尊親と興復社(豊頃町)
まずは豊頃町役場前に立つ二宮尊徳像からスタートです。
豊頃町は幕末期に農政家として活躍した二宮尊徳のお孫さんである二宮尊親(”そんしんさん”と地元の方は親しみを込めてよびますが”たかちか”です)を中心に「興復社」が明治30年(1897年)に入植開拓した村です。
そのお爺さんである二宮尊徳の存在も「報徳思想」、「報徳仕法」も重要になってきます。
二宮尊徳の生まれ故郷である小田原市にも行っていますのでこちらも過去のブログをご覧ください。

日本史には時折「本当にこの時代の人?」というような考えや行動をした「チート人材」が出現します。二宮尊徳もその一人だと思います。

現代経営者にも通じる話が多々ある偉人です。
役場のすぐ近くにある「える夢館」の図書コーナーの「二宮尊徳&尊親関連」の書籍などが展示されているので見に行きました。
こちらは展示のみなので「本の販売もしていればいいのになぁ」と個人的には思いました。
「報徳二宮神社」に参拝
神社の存在は「二宮」という偉人が地元の人にいかに慕われているのかわかりますね。

鳥居の前に駐車場がないのでここに駐車していいのか迷うが、鳥居を入っていくと駐車場らしき空き地があります。

ここ数年は寺社仏閣に参拝するときは賽銭箱や浄財箱に1,000円を入れるようにしています。こういった建物の維持費も大変でしょうから5円や10円じゃ維持管理できませんよね。気持ちが大事なので額ではないのですがそういった感謝の気持ちは形にしたいものです。
結構急な坂道なので足腰が悪い方には大変です。

眺めと空気が良く感じる神社です
二宮構造改善センター(興復社事務所跡地)
二宮尊親さんの「お墓」と「胸像」を見学させていただきました。


二宮尊親 胸像

二宮尊親 お墓
昔の小学校を改造した二宮報徳館

郵便局も併設されています
今から約3年前にリニューアルされたそうですが、今も改善を続けていてパネルなど掲示物を作成中とのことです。
基礎知識は最低限あったほうが勉強になりますが、二宮尊親の豊頃町開拓の苦労話などが知れてタメになります。 


まだまだ整理されていない資料などもあるそうです。
是非、訪問してください。
ただし、常時開館していません!
火、木、土曜日のみで祝日休館です。
午前9時~午後4時までとなっています!
人の想いは繋がる
今も北海道は自動車で移動するだけでも大変なのに、彼らの生きた時代はナビもなく携帯食もなく移動するだけでも大冒険の時代です。
依田勉三、関寛斎も豊頃町を訪ね二宮尊親さんに会って感銘を受けているようです。
余談ですが、こちらの管理人兼研究員を務めている方と少しお話をさせていただいているうちに「そんなに勉強されているならどうぞ」といって冊子をいただきました。

冊子といっても101pある立派な資料です
える夢館に置いていて欲しいと思っていたものなので助かりました。
そして、「二宮神社の賽銭箱に入れた千円が戻ってきた」とひそかに「ご縁」を感じてしまいました。
名刺はいただいていたのですがここではお名前を出しませんがその節は本当にありがとうございました。
本当にこういった北海道民間開拓の偉人をもっと道産子は知って欲しいと願います。
今回は記載していませんが晩成社の鈴木銃三郎、渡辺勝、渡邊カネ夫妻の話も機会があればしたいと思います。
自分たちが何気なくいただいている食べ物や生活基盤はこうした先人たちの苦労があってのことですから、史実を知っているのと知らないのでは今後の人生に大きく影響があるのではないかと思っています。

帰り道、帯広でいただいた豚丼はいつも以上に感謝していただいたことは言うまでもございません
最後に・・・
恐らく、「遺品整理」や「特殊清掃」の話を期待して読んでくださった方が多いと思います。
(※ここまで読んでくれた方は知人友人、同業者の方が多いのではないかと思いますが)
最近、当ブログは「仏教の話」や「歴史の話」が続いています。
親友からは「難しすぎる」と言われていますが、それでも「なぜこんな仕事とは直接的に関係ないブログを書くのか?」
今後の遺品整理や特殊清掃に関わる人間は「片付ける」、「臭いを消す」など技術的な部分だけでなく「誰に依頼したいか?」という時代になってくると思います。
技術的なことはかなり平均化、標準化されてきてあまり差別化が難しくなってきております。
それならば経営者の思想や思考が同じであったり「支持できる人を応援したい」という流れになるのかと思っています。
最終的には「人」だと思います。
私もSEO的な話をすれば無駄だと思いますが、AI対策も考えて少し角度を変えたホームページの運営を行っていきたいと実験的に行っています。

何ごとも続けていくと何らかの「リアクション」があるものです。
そのリアクションが何年後になり、どのようなリアクションがあるのかはまだわかりませんが続けていきたいと思います。
今は無駄だと思っていることが後年になって「無駄じゃなかった」と言えるときが来ると信じております。

そして、弊社の別サイト「特殊清掃.ASIA」でブログ記事を担当している久保田もまた「狩猟」や「家具リメイク」など私とは別に面白いことをしていますのでご訪問いただけると幸いです。
それでは、この長文を読んでいただいた皆様の今日がおだやかでやさしき時間と共にありますように
合掌
社名に掲げる信頼される(RELIABLE)企業を目指す!
リライブル株式会社
0120-669-920 (スマホの場合は上記を押すと電話に繋がります)

家財整理10年以上の実績があります!
・営業時間は9時〜17時が基本ですが転送電話で24時間対応可能です。
・基本的に土日祝日は作業はお休みですが、緊急性の高いお見積りの場合はご相談下さい。
・遺品整理・生前整理・不用品処分代行などの家財整理全般
・上記に伴う買取も積極的に行っており作業代の削減に努めます。
・孤独死現場・事件現場・自殺現場などの特殊清掃及び消臭作業 ・ゴミ屋敷・ゴミ部屋・汚部屋などの片付け及び清掃
・ペットの多頭飼育崩壊現場の糞尿臭の原状回復工事
・火災・ボヤによるスス臭の消臭(保険対応することが多いです)
・灯油漏洩現場の消臭作業(保険対応することが多いです)
・その他、ニオイや凄惨な現場でお困りの方はお気軽にご相談下さい。
【注意点】
・少人数で運営しているため、24時間事務所に電話番が常駐しているわけではなく転送電話にて対応しております。
・せっかくのお電話でも現場作業中ですぐに出られない場合に【非通知設定】だと折り返し電話がかけられない場合がございます。
・お時間をずらして再度電話して頂けると幸いです。


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