26年ぶりに高知県へ~土佐の偉人の勉強に!

こんにちは、特殊清掃専門店リライブル株式会社、代表取締役の鈴木です。

今回は完全プライベートのブログ内容となっており、友人知人向けの内容となっていますので現場ブログを読みたい方は別のブログをご覧いただけると幸いです。

しかし、現場のブログはどこも同じような内容なので経営者がどのような考えをもって仕事に取り組んでいるのかなどを知るには良いかもしれません。

最近はこんな内容ばかりなのでSEO的には最悪なのでしょうがおかげさまで4月も仕事は順調に埋まっています。

もしお時間がありましたらお付き合い下さい。


26年ぶりの高知県へ

タイトルにもあるように26年前に当時付き合っていた彼女、現在の妻とおんぼろ中古車で当時住んでいた秋田市から高知市まで旅行に行ったことがあります。

新卒で就職したカタログショッピングのニッセンを退社し、有給消化の際に時間が空いたので北海道に戻る前に行ってみました。

当時はお金もなかったので「超・貧乏旅行」でした。

車にもナビはなくスマホも無い時代ですから大きな全国版地図帳を買って迷いながら運転したものです。

当然、貧乏旅行ですから高速道路も頻繁に乗れなかったので瀬戸大橋を渡る際に使用したくらいです。

本当にグーグルマップやスマホは便利になり、殆ど迷うことなく運転に集中することが出来るようになりました。

今回は子どもの春休みを利用して3泊4日の家族旅行です。

高知竜馬空港→高知市→四万十川・足摺岬→宇和島→大洲→松山→松山空港という流れです。

我が家の家族旅行はディズニーランドやUSJ、動物園などを巡るような旅行ではなく、ほぼ城郭巡り、寺社仏閣巡り、資料館博物館巡りです。


1日目~新千歳空港から高知竜馬空港へ

直行便が無いので羽田空港経由の乗り継ぎで自宅を7時に出発して15時に高知に到着。

北海道を出発するときは‐4℃でしたが、高知は20℃と気温差がえぐいです。

(日頃の行いが良いので)おかげ様で4日間は全て晴天でした。

1.高知県立歴史民俗資料館

まずは空港でレンタカーを借りてまずは閉館ギリギリに間に合いそうな「高知県立歴史民俗資料館」へ。

内部は写真撮影NGが多かったのですが「長宗我部信親の鎧」などが展示されています

ここでは坂本龍馬、山内容堂、後藤象二郎の「湿板(しっぱん)写真」の原本を見ることが出来ました。

複製は数多く見ていますが原本は初めて見て感動しました!(これは写真撮影OK)

左から後藤象二郎、坂本龍馬、山内容堂

ここの資料館は長曾我部元親の時代に「岡豊城(おこうじょう)」があった場所で「長宗我部元親飛翔の像」が設置しておりました。

戦国時代に四国を統一した大名です。

小さな勢力(殆ど滅亡状態に近い)から一代で四国を統一するまでに勢力拡大した有能な戦国武将です。

戦国時代に四国一統をした偉人。個人としての武勇も優れるが戦略家として有能だった戦国大名。


2.高知駅前の三偉人像

高知駅前には坂本龍馬、武市半平太、中岡慎太郎の土佐勤皇党の代表的な3名の像が立っております。

強化プラスチックのような素材感だが大きいので見ごたえがある。高知県の偉人像はどれもデカい!

26年前にはまだ出来ていなかったので見に行きました。

あとで坂本龍馬と武市半平太の像は見に行きます(中岡慎太郎の室戸岬に設置してあるオリジナルは26年前に見ております)


3.ホテルへチェックイン後、カツオ料理を堪能

その後、ビジネスホテルにチェックインし、すぐ近くのかつお料理で有名な「龍馬屋」を予約していたので食事。

貧乏旅行の時は食べられなかった念願の本番のカツオ料理を堪能!(しんこ、炙り、刺身、たたきと色々といただきました)

大変美味しかったですが、なかなかお値段も高いので”庶民の味”という感じではないのですね。

北海道とは食べ方も食感も全く違いますので良い経験が出来ました。

その後、高知城がライトアップをしているというので徒歩で移動(また翌日来るのですが)


4.夜の高知城

天守が紫色で不気味でした。普通に白か桜の季節なのでピンクとかが良いと思います


5.ひろめ市場

帰りは「ひろめ市場」の雰囲気を見たくて見学。

昔は幕末土佐藩家老・深尾弘人蕃顕(ふかお・ひろめ・しげあき)の屋敷跡だったので「ひろめ屋敷」→「ひろめ市場」になったそうです。

まずは一日目終了です。

非常に活気がありました~


2日目~高知観光

1、桂浜と坂本龍馬像

8時にホテルを出発し、桂浜方面に向かいます。

中国系の観光客ではなく欧米系の外国人観光客が多くいました。

坂本龍馬に興味があるのかはわかりませんが観光ルートになっているのか不思議です。

坂本龍馬については説明不要かと思うので省略です

昔は天気が悪かったので「龍王岬」まで行けませんでしたが今回は晴天だったので登ってみましたが絶景でした。

波がダイナミックで「THE・太平洋!」というかんじです(誤謬力なし)

龍王岬から桂浜、龍馬像方面を望む

綺麗に整備されお土産屋なども増えていた


2、坂本龍馬記念館

桂浜からすぐ近くの「坂本龍馬記念館」

ここも26年前に訪れているのですが、展示物や展示方法が変わっているからなのかほとんど記憶がありません。

しかし、私もこの数年間で全国各地の博物館、資料館をかなり見て歩いていますので、展示方法はかなり工夫されていて全国トップクラスの綺麗さと分かりやすさだと思います。

坂本龍馬の人気で収益がかなりあるからこそできるのではないでしょうか。

本当はゆっくり見学したいところですが、手紙など文章が多い部分は売店で本を購入したのでササっと見て1時間ほどで次に移動です。


3、若宮八幡宮、長曾我部元親の初陣の像

桂浜から車で5~10分くらい離れた距離にあります。

初日に見た像とはまた違う像で、かなりカッコいいです。

戦国時代は長曾我部元親、幕末期は坂本龍馬の2大英雄。山内家はちょっと肩身が狭い?


4.現存12天守の国宝・高知城

土佐24万石藩祖・山内一豊(かつとよ)の騎馬像が立派です。

「内助の功」で知られる千代像(見性院)もあります。

順序が少し違いますが自由民権運動で有名な板垣退助像もあります。

石垣も門も重厚でさすが24万石の大名の居城と感心します。

現存12天守の訪問はあと宇和島城と丸亀城となりました


5.高知城歴史博物館

立派な建物で贅沢に広い空間を利用して展示物をより際立たせる造りですね

高知城とは道路を挟んですぐ向かい側にあります。

26年前には無かったような気がします。

山内家の家宝や資料を中心に展示してあり、とてもきれいな博物館でした。


6.土佐勤皇党党首・武市瑞山像

高知市から須崎市へ移動します。

山道でカーブが多く地図で見た直線距離よりも移動に時間がかかります。

26年前には来ることが出来なかった武市瑞山像に来ることが出来ました。

武市瑞山は明治時代まで生き残っていれば明治政府中枢にいたかもしれない傑物かもしれないが「天誅」という要人暗殺、テロ行為は良くないと思う。

武市瑞山像以外には観る物が無いので興味がなければ素通りするような場所です。

時代が違うので何とも言えないが力づくで世の中は結局変わらない見本のような人生だったと思う。

目の前の海

まず2日目観光はこれで完了し、四万十川のホテルにて身体を休めます。


3日目~足摺岬

1.ジョン万次郎像(足摺岬)

実は今回一番、現地で勉強したかったのがジョン万次郎です!

ジョン万次郎の評価はかなり日本で軽視されているのではないかと思っています。

「彼の存在が無ければ今の日本がどうなっていたのか?」と思うほどの幕末期、明治の偉人です。

彼の人柄、バイタリティ、能力、日本への貢献度は未来から来た”チート人材”だと私は思っています。

四国最南端の岬。ジョン万次郎像が無ければ来ることはない岬であろう…。

大河ドラマ化の署名しました


2.ジョン万次郎記念館

生まれ故郷近くなのはわかるが、もっと中心部に建てないと知名度があがらないのではないかという心配が・・・

彼の経歴を”軽く”お話しますと・・・


漂流からアメリカで一流の教育を受ける

中浜(現在の土佐清水市)の貧しい漁師の次男として生まれ、14歳の初漁で黒潮に流され漂流し、7日目に無人島に上陸。

この島で143日間サバイバルし、運よく米国捕鯨船・「ジョン・ハウランド号」に救助してもらう。

生きているのことが奇跡の連続であったが、この「幸運」も万次郎というチート人材の成せる業かもしれない。

壮絶なサバイバルを経験し、あと1週間でも発見が遅れたら死んでいたであろうと言われている

万次郎を気に入ったホイットフィールド船長とともに米国に渡り、名門バーレット・アカデミーで航海術、測量術、海事法、高度数学などを習得し首席で卒業しエリート航海士として成長していく。

人格者・ホイットフィールド船長は万次郎にとっての恩人だけでなく日本の恩人でもある!

無人島で生き残れたことも運が良いが、それ以上に人に好かれる性格、勤勉と努力、創意工夫や進取の精神など万次郎が素晴らしい素質をもっていることを見抜いた船長も凄い。

「偶然の出逢いが人を育てる」良い例です。

「机上の空論」で終わるのではなく、「実践」で知識や技術を使わないと意味がない


航海士としての経験を積む

その後、捕鯨船にのって世界各地を巡るうちに祖国日本の悪いうわさが聞こえたり、島国や弱小国は欧米列強に植民地化されている事実を知ります。

「我が祖国、日本もこのまま鎖国(※当時江戸幕府はオランダ、中国と国交があったので「鎖国ではない」という論は面倒なのでこの場では鎖国という言葉を使用します)を続けていては危ない!」

当時の日本では「漂流者」として日本に戻ると処刑される恐れがありましたが、自力で帰国するためにゴールドラッシュの鉱山で帰国資金を溜めます。

海から山へフィールドを即移す行動力は見習わなければなりません。

日本人初のジーンズ着用者とも言われております

その後、ハワイ・ホノルルに寄港した時もデーモン牧師の支援もあり、念願の日本帰国を果たしますがまた国内を転々とさせられます。

当時の日本は色々と厳しかったが少しでも時代が違えば即死刑になるところだったが世界情勢が彼を生かした。


命を懸けて日本へ帰国

琉球王国→薩摩藩→長崎奉行所→土佐藩→江戸幕府・・・。

どこの場所でも慣例があり長期間の取り調べ、拘束がありましたがこれまた開国をすべきかどうするかというご時世と「万次郎の国を思う気持ち」が伝わり、出逢う人たちに恵まれました。

薩摩藩では島津斉彬、土佐藩では山内容堂、河田小龍、長崎奉行所では牧志摩守、江戸幕府では阿部正弘、江川英龍など万次郎の経験と能力と情報が必要でした。

生き別れた母とも再会することが出来ました。ここはめちゃ感動する話です。


咸臨丸で太平洋横断に尽力

その後、「咸臨丸で日本人の力だけで初の太平洋横断航海」という教科書にものっている出来事がありますが、ブルック大尉をはじめとするアメリカ人航海士10名が手助けしてくれなければ間違いなく沈没していたことでしょう。

本当にこのブルック大尉も乗船していたということも幸運の一つです。

提督・木村芥舟は司令官ですが外交が専門。艦長・勝海舟と日本人クルーは全く役立たず、実質的な艦長はブルック大尉と万次郎でした。

咸臨丸の模型

万次郎もここでは大活躍しましたが、それを特段誇ることも偉ぶることもなかったそうです。

この話は以前『【日本人として誇りに思う】木村摂津守喜毅(芥舟)を知っていますか?』でUPしたのですが木村芥舟の本を読んでジョン万次郎のことを深く知りました。

この後、勝海舟が神戸海軍操練所などをさも海軍の功労者のような扱いをうけるがよく歴史を学ぶと本来は「陸の人」です。


先見の明

帰国後は人材育成にも努めましたが、何より重要なのは「小笠原諸島の実行支配化」の話です。

当時は世界各国から見て領土意識が薄かった江戸幕府に、小笠原諸島をいち早く開発して領土化しないといけないと進言・実行している点です。

実はあのペリーも狙っていたらしく万次郎の進言がなければ今頃は小笠原諸島近辺はアメリカもしくは違う他国のものになっていたことでしょう。

人材育成の面ではジョン万次郎が影響を与えた人は数知れず・・・。

坂本龍馬、後藤象二郎、板垣退助、福沢諭吉、新島襄、大山巌、榎本武揚、東郷平八郎・・・

日本海軍や政治家、経営者など多岐にわたります。


「ネバー・ギブアップ ジョン万次郎~どんな時も強く生きる」

坂本龍馬記念館で買ってきた本を帰宅後に読みましたが、「現実は小説よりも奇成り」と云う言葉がありますが読んでいて鳥肌が立つような話です。

もっと日本人に知ってもらいたい偉人です。

大河ドラマ化しても全然おかしくない偉人だと思います


3.萬次郎少年像

資料館近くに設置されている遭難したときの5名の像で躍動感あふれる素晴らしい像です。

 

・高知県の特徴は銅像が他県に比べて大きくてカッコいい!

・資料館等も綺麗で見やすい展示方法で素晴らしい!

歴史好きにはたまらん県かもしれません。

思いのほかブログが長くなってしまったので残りの愛媛県編はまた後日UPします。


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