R8年、家財整理相談窓口の金沢セミナーへ~パート1【福井県編】

こんにちは、特殊清掃専門店リライブル株式会社、代表取締役の鈴木です。

3月8日(日)~3月11日(火)に福井県、石川県に行ってきました。

3月10日に石川県金沢市でおこなわれた(一社)家財整理相談窓口のセミナーに参加するためです。

初日と最終日は新千歳空港~小松空港の直行便が1便しかなくほぼ移動だけです。

他の飛行機会社さん、もっと便数増やして欲しいです!

福井県は30年くらい前に通過したことはあるのですが観光や宿泊をしたことはありませんでした。

今回、ようやく家財整理相談窓口が金沢市でセミナーを行うということに便乗して出張です!

セミナー前後は勉強のために「史跡巡り」や「博物館巡り」をしてきましたので私の趣味にお付き合いください。

※孤独死や遺品整理などの現場の情報を知りたい方は他の記事を読んでください。

「リライブルは本当に仕事してんのか?」とまた怒られそうですが、四月中旬まで予定は埋まっておりますし、10年以上経営しているとリピーター様やご紹介が増えてきています。

本当にありがたいことです。m(__)m


福井県巡り(3月8日)

越前ガニ

初日は小松空港でレンタカーを借り、福井市へ南下しビジネスホテルに一泊。

福井駅(駅周辺はめちゃくちゃ綺麗)に行き、初日から「福井グルメ」の洗礼を受けました。

北海道では見たことが無いものや美味しそうなものがたくさん!

最初に結論を言ってしまいますが福井県は”かなり好印象”です。

全国各地回っていますが「もう二回目は無いな・・・」という地域もあるのですが福井県は是非また来たいです。

個人的な話ですが、同日に絶対に受からないと思っていた娘が「剣道初段に合格した!」との連絡があり「越前ガニ」をお祝いに買っちゃいました。

北海道人にしたら「これで毛ガニ何杯買えるかな~↓」なんて思っちゃいます。

「所詮かになので絶対越前ガニは買わない!」と決めていたのですが、3月で漁も終わるし”お祝い”なので奮発しました~。

恐らくもう越前ガニを買うことも無いと思うのでこれが最後だと思いますw

どれを買ったでしょうか?

さて、翌日に備えて早目に就寝・・・


福井県の偉人などの勉強(3月9日)

福井城と福井神社(日本最後の別格官幣社)

7時半にホテルを出て福井城に向かいます。

資料館などは9時から開始が多いのでそれまでに見れる所は早目に見る作戦です。

福井城は現在、天守は残っていませんが、かつては壮大な天守をもつ巨大な平城だったそうです。

徳川家康の次男・結城秀康が越前松平家68万石の居城として6年の歳月をかけて天下普請で完成させました。

下の肖像画を参考に作ったのですが逆に精密と言うか不細工と言うか・・・製作者を見たらメイドインチャイナでした

確かに似ているが、上の像はいくらなんでも誰かとめなかったのか?

当初は加賀前田家の”抑え”の役目もあったようで大藩でしたが、徳川家と前田家は親戚関係になり警戒が解けたことやお家騒動など諸々があり分断され小さくなりました。

現在は、敷地内に福井県庁と福井県警の建物があります。

お城は何も天守や門、櫓などの遺構だけを見るわけではありません。

石垣の高さや堀の広さで当時の規模感、巨大さを想像することが出来ます。

現在残っている堀以外にも広大な範囲が城でした。

これが広いほど巨大で権威の高いお城だったことが想像できます。

写真では伝えられない広大さや高さなどはやはり現地に来ないとわからない


福井神社・松平春嶽(福井藩16代藩主)

幕末から明治期に活躍し「幕末の四賢公」の一人とうたわれ「政事総裁職」という要職にもつきます。

松平慶永より春嶽の方が有名なのでこのまま春嶽でいきます

時代的に舵取りが難しい時代だったので、何か大きな成果を作ったわけではないのですが地元では「名君」として慕われているようです。

トップは自らがリーダーシップを発揮しなくても部下に仕事をさせ成果をあげるタイプもいます。

松平春嶽は「人を使うのが上手いお殿様」だったのでしょう。

横井小楠、由利公正、橋本左内は後述するとして・・・他の優秀な人たちを超簡単に羅列(順等はバラバラです)

・村田氏寿(左内の親友で小楠招聘に尽力)

・長谷部恕連(あごひげ県令)

・三国幽民(安政の大獄で幽閉された儒者)

・佐々木長淳(軍事から紡績まで幅広く活躍した西洋通)

・笠原白翁(医師、牛痘法)

・日下部太郎(福井藩初の海外留学生)

・中根雪江(春嶽の教育係であり、右腕的存在)

・鈴木主税(春嶽の側近であり橋本左内を後継者として推薦)

もっと世に知られても良いと思う偉人達ですが、恐らく余程の歴史好きではないと知らないと思います。

中根雪江、鈴木主税、橋本左内の三臣を奉祀しているそうです。


横井小楠と由利公正

横井小楠は福井藩の人ではなく熊本藩出身の儒学者・教育者で、熊本藩で藩政改革を試みるが失敗。

三岡八郎(左)と横井小楠(右)の「旅立ちの像」

その後、松平春嶽に招かれて生糸の貿易なども成功し、福井藩の黒字化に貢献し大活躍。

人使いのうまい春嶽とクセの強い小楠は案外”名コンビ”だったのかもしれません。

明治維新では「参与」というなかなかの高位職(木戸孝允などと同列)につきますが、明治2年に暗殺されてしまいます。(明治新政府発足後、初の暗殺された要職被害者)

熊本藩校・時習館の塾長を務めるほどなので学識も才能もめちゃくちゃ有ったのでしょうが、酒が弱いくせに酒乱で、酒で失敗することも・・・評価も好き嫌いがハッキリ分かれるので政敵も多かったようです。

ですから、あまり世間一般には広く知られていませんが凄い人だったことは間違いありません。

熊本県に行ったときに横井小楠の私塾「四時軒」にも行ったことがありますが地元熊本でもあまり評価されていない気がしました。

熊本城にある銅像。中央が横井小楠で周囲に交友のあった偉人たち


由利公正(三岡八郎)

福井藩の財政改革に手腕を発揮し、明治新政府で重用された財務に秀でた偉人です。

坂本龍馬と出逢ったことが新政府に参入したきっかけになったと後世自ら言っています。

「天下の人物といえば西郷隆盛と三岡八郎」と坂本龍馬に言わしめ、「五箇条の御誓文」の起草にも参画しました。

東京府知事にもなっています。


橋本左内・(菩提寺妙慶寺・善慶寺)

緒方洪庵の適塾で学び、松平春嶽の側近になり著名な活動家でしたが25歳のときに「安政の大獄」で斬首。

この像は227cmあるようで今回福井で見た像のなかで一番大きかったと思います。 主君の春嶽公よりでかいです。それだけ慕われているのでしょう。

15歳の時に著した「啓発録」は有名。

1.去稚心(稚心を去る):目先の遊びなどの楽しいことや怠惰な心や親への甘えは、学問の上達を妨げ、武士としての気概をもてないので捨て去るべき

2.振気(気を振う):人に負けまいと思う心、恥を知り悔しいと思う心を常に持ち、たえず緊張を緩めることなく努力する

3.立志(志を立てる):自分の心の赴くところを定め、一度こうと決めたらその決心を失わないように努力する

4.勉学(学に勉む):優れた人物の素行を見倣い、自らも実行する。また、学問では何事も強い意志を保ち努力を続けることは必要だが、自らの才能を鼻にかけたり、富や権力に力を奪われることのないよう、自らも用心し慎むとともに、それを指摘してくれる良い友人を選ぶよう心掛ける

5.択交友(交友を択ぶ):同郷、学友、同年代の友人は大切にしなければいけないが、友人には「損友」と「益友」があるので、その見極めが大切で、もし益友といえる人がいたら、自分の方から交際を求めて兄弟のように付き合うのがよい。益友には次の5つを目安とする。

・厳格で意思が強く、正しい人であるか

・温和で人情に篤く、誠実な人であるか

・勇気があり、果断なひとであるか

・才知が冴えわたっているか

・細かいことに拘らず、度量が広い人であるか

自己啓発本には必ずあるであろう「啓発録」

とんでもない秀才だったのに惜しい人生でした・・・。

菩提寺の善慶寺は中も見学することができます


福井市立郷土歴史博物館と養浩館庭園

郷土資料館入り口にまた松平春嶽です。愛されていますね~。

春嶽公は座っている像ばかりなので立像もみたいです。

館内に入るとすぐに橋本左内の実弟、橋本綱常の胸像が!

兄弟そろって優秀だったのですね、兄が政治活動にいそしんだので弟が医学の路で大成します。

近代日本医学に多大な貢献をしています。

のちに初代赤十字社病院長となります。

兄は短命でしたが弟は長生きして日本医学に貢献しました!

なかなか見所がありましたが、今日は見なくてはならないところがたくさんあるので速足です。


養浩館庭園は資料館とほぼ同じ敷地です。

因みに福井城から少し離れていますが本来はここも福井城の中です。

庭園は大きくはないけれど手入れが行き届いていて感動しました。

気のせいか泳ぐ鯉も優雅に泳いでいました。

こういったところでゆっくりしたいものです。


福井県立博物館

博物館巡りは時間をかけたいところですが、なにせじっくり見たら時間がかかってしまうので駆け足です。

縄文時代から現代までの福井県の歴史を学べます。

福井県って「足羽県」とか「敦賀県」とか色々統廃合を繰り返して現在の形になっていることを知りました。

特に昭和時代の展示品が秀逸です。

昭和の車が展示されているのですが結構この時代のフォルムが好きです。


柴田勝家とお市の方・北ノ庄城跡/柴田神社

先ほどまで幕末の話でしたが今度は戦国時代の話です。

北ノ庄城は織田信長の重臣、柴田勝家の居城で安土城(7層)を凌駕するほどのお城だったそうです。(北ノ庄城は9層)

「賤ケ岳の戦い」で当時・羽柴秀吉との権力抗争に敗れ、落城炎上してしまいました。

昔は武力一辺倒の柴田勝家というイメージでしたが、最近では為政者としても優秀だったと評価が変わってきています

ここで柴田勝家もお市の方も自害して果てます。

織田信長の妹で「絶世の美女」と評判だったようです。美醜は時代によっても全く変わるので本当のところはわかりませんが・・・。


最強⁉浅井三姉妹

織田信長の妹・お市の方は当初、近江国の大名・浅井長政に嫁ぎ三姉妹(茶々、初、江)を生みます。

淀殿(左)、初(右)、お江(手前)

長女、茶々は後に淀姫として天下人・豊臣秀吉との間に秀頼を生みます。

大河ドラマになった三女・お江は二代将軍・徳川秀忠の正室となり三代将軍・徳川家光を生みます。

家光の妹にあたる和子は後水尾天皇に嫁いで明正天皇を生み外戚となります。

その他に珠姫は加賀藩三代藩主・前田利常、勝姫は福井藩二代藩主・松平忠直に嫁ぎます。

もう、「日本史上最強のお母さん」じゃないですか?

「凄いぜ、浅井長政とお市の方の血筋!」ということになりますよね。

「最終的に天下を取った血筋は浅井長政?」なんてことはあまり大々的には言われませんが・・・

配置が絶妙・・・


足羽山公園・第二十六代・継体天皇の像

神話ではなく実在する大和朝廷の天皇でとにかく凄い人です。

あまり一般的に知られていないと思いますが継体天皇がいなければ今の天皇家、今の日本の形態はなかったかもしれないくらい重要な偉人です。

どれくらい凄いかは是非調べてみて下さい!

逆光で黒くなっています


曹洞宗 大本山・永平寺

福井市の中心部から少し移動です。

我が家は曹洞宗なので「大本山にはいつか来たい」と思っていて念願が叶いました。

といっても熱烈な信者ではなく、ゆる~い信者なのですが・・・。

実は前回、横浜市に行ったときにもう一つの曹洞宗の大本山「総持寺」は時間が無かったので伺えませんでしたが、横浜市の場合はまた機会がありそうです。

曹洞宗は道元禅士が1244年、45歳のときにひらきました。

道元禅師幼少の像:永平寺から更に奥に進むとあります

只管打坐:座禅をひたすら組んで悟りを開く

現在も厳しい修行を行っているそうで門をくぐると荘厳な雰囲気がします。

物凄くいいですね!

畏れ多くてあまり多くを語ることは出来ませんが・・・。

因みにアイキャッチ画像に使われている「脚下照顧」ですが、永平寺の入り口に敷いてある玄関マットです。

「顧照下脚」と読みませんからね!

意味は・・・自分で是非、調べて下さい。

ありがたいお言葉です。


現存12天守・丸岡城

永平寺から少し移動して丸岡城へ向かいます。

北陸地方唯一の「現存12天守」の一つです。

昭和23年の福井地震のときに破損しましたが、用材の80%近くを古材を使用して修理復元した現存天守です!

単独天守でこじんまりとしたお城ですが、も~う「現存12天守のうちのひとつ」というだけで十分価値があり貴重です。

明治維新後に壊されたり、空襲にあったり、天災(火事、地震、雷)などで倒壊するお城が多い中、生き残るだけでも価値があります。

丸岡城の城主は柴田勝豊(柴田勝家の甥)。

「・・・って誰やねん!何したねん!」と思うかもしれませんが、同じ感想です。

すみません、特に柴田勝豊には何の思い入れもありません。

丸岡藩の歴代城主は色々いるのですが歴史に興味が無い方は全く分からないと思うので割愛しますね。


一筆啓上 日本一短い手紙の館

丸岡城の入館共通券で入れます。

徳川家康の家臣・本多重次が妻に長篠の戦い陣中から送った手紙で「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」というフレーズが有名です。

このなかの「お仙」が後に丸岡4万6300石の譜代大名となる「本多成重」というご縁で「日本一短い手紙の館」ができたそうです。

丸岡城内にあったパネルで本多親子です

丸岡城から徒歩三分くらいの場所にあります。

この建物の中に貼っていたポスターで知ったのですが、明智光秀の「黒髪伝説」という奥方ゆかりのお寺が近くにあるということで予定外でしたが向かいました。

浪人時代の明智光秀と妻の美談の話です。旦那が貧乏なときに奥さんが髪を売ってお金を作ったという話です(はしょりすぎ?)


称念寺

明智光秀ゆかりの土地でもありますが、新田義貞(鎌倉幕府を終わらせ、後醍醐天皇に忠義を尽くした義士として有名)の菩提寺だったということもわかり、なんか得した気分です。

あまり手入れされている感じではないので調べてみたのですが・・・721年創建という長い歴史があり、明治政府による版籍奉還の影響で、「無檀家・無俸禄」になり経済的危機にさらされ廃寺寸前だったそうです。

それから、あれやこれやと(調べてください)地元の方の努力もあって継続されているようです。

「創業は易し 守成は難し」で何事もやり始めることよりも続けて行くことのほうが遥に難しい・・・


石川県金沢市へ移動

鼓門

福井県での見学を終え、金沢市内のビジネスホテルに向かいますがチェックイン前に金沢駅前の有名な「鼓門」を見学。

建築的な技術やデザインなど専門家的なことは言えませんが、これはぱっと素晴らしいですね!

金沢駅のシンボルとしてかなりいいと思います!

しばらく駅中をうろついたので夜間のライトアップも見ました。

ようやく2日目が終了。

かなり端折ったのでよくわからない箇所も多いと思いますがそれでも6000文字を越える長いブログになってしまいました。

今回のブログは自分と友人知人さえ分かればいいのでこれでヨシとします。

地方出張・第一弾ブログは一旦終えます。

肝心のセミナーの話はまた次回のブログにて・・・。


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